知る人ぞ知るNPSH。私はポンプ業界で仕事をしていますが、いまだに混乱します。
個人的には理解しているつもりですが、相手が理解していないと話がかみ合わないことがあります。
ですので、相手がどのように勘違いしているかを理解しなければいけません。
NPSHの理解不足による勘違いで、不幸なクレームもたくさん生まれているようです。
ここでは、なるべく定義や計算式を省き、イメージで理解出来る様に解説してみます。細かい定義や説明がみたい人は大手ポンプメーカーさんのホームページに詳しく乗っていますので、そちらを参考に。
一般的なNPSHの解説
NPSHとは?
「NPSH」とは、Net Positive Suction Headの略であり、日本語では「正味吸込ヘッド」などと呼ばれており、ポンプの吸込性能を評価する際に使用する数値です。
ヘイシンモーノポンプ ウェブサイトより 引用
一般的な説明を上記に示します。
わかる人にはこれで十分なのですが、私はわからない人でした。
なぜわかりにくいか?
そもそも、なぜわかりにくいか?紹介したいと思います。
なぜかメートルを使う 高さじゃなくて圧力と考えた方がいいです!
通常、NPSHはメートルで表します。
このメートルなのですが「長さ」ではなく「水頭」を表しています。
水頭(すいとう)とは水1キログラムが持っているエネルギーの大きさをメートルで示したものです。
例えば、1mの高さの滝と10mの高さの滝、どちらが勢いが激しいか?当然高い方ですよね。
また、1メートルの高さの貯水槽の底が抜けた場合の水の勢いと、100メートルの高さの貯水槽の底が抜けた時の水の勢い、どちらが激しいか?これも高い方です。
水頭の単位であるメートルは「長さ」ではなく「水面の高さ」と考えた方が理解しやすいです。しかし、「水面の高さ」だと分かりにくい部分が出てきます。蒸気圧や配管抵抗です。
配管抵抗はメートルで表すことも多いですが、圧力損失として圧力で表すことも多いです。また、蒸気圧はそもそも圧力です。
あと密度が水(1cm2あたりの重さが1g)と違う液体をポンプで送る場合、水面の高さがそのまま水頭になるわけではありません。
ですので、私はこの水頭については単に「圧力」と考えた方が良いと考えています。
詳しいところはバッサリ省きまして、水頭10 m = 0.1 MPa(A) = 1気圧 = 大気圧と覚えておいてください。なぜ水頭を圧力で考えて良いかは、ベルヌーイの式というものがありますので、そちらで検索!
何が0mなのか?基準がよくわからない。
もう一つ分かりにくいと感じやすいのが、「何が0mなのか?」つまり基準が何なのかです。
これは注意深くNPSHという言葉を翻訳し、その定義を確認すればおおよそ掴むことができます。
NPSHをわかりやすく表現すると、「ポンプ吸込側で液体が沸騰するまでの余裕を水頭で表したもの」ですかね。わかりやくすねぇ!
とりあえず、0mは全く余裕がない状態であると考えてください。
NPSHの理解するために必要な知識
NPSHを理解するためには、次にあげることを理解しておくと良いと思います。
まずポンプとは何か? ストローです!
まず、ポンプとは何かを正しく理解しましょう!
ポンプという言葉はよく聞くと思うのですが、具体的にどういう原理を利用して動いているのかを理解することが必要です。
ウィキペディアからコピペします。
ポンプは圧力の作用によって液体や気体を吸い上げたり送ったりするための機械。
ウィキペディアより引用
「圧力の作用」=「ストロー」の原理
大事なのは「圧力の作用によって」というところです。全てのポンプは「圧力の作用」=「ストロー」の原理によって流体を運びます。
ストローでジュースを飲むとき、「くち」でストローの中の空気を吸い出します。吸い出した空気の代わりに飲み物がストローを通って「くち」に入ってきます。
この時ストローの中で何が起こっているのか?
「くち」でストローの中の空気を吸い出すと、ストロー中の圧力が大気圧より下がります。
一方、ジュースは大気中にさらされていますから、ジュースには大気圧がかかっています。
ですので、ジュースにかかっている大気圧に押されて、大気圧より低くなったストローの中にジュースが入り、最終的に「くち」の中にジュースが運ばれ、ジュースを飲むことができます。
ストローで吸える高さは決まっています
上で説明したストローの原理ですが、この原理に従うとすれば、ストローが吸える限界の高さがあります。
ストローの中の空気を抜き切って真空にしたとしても、ジュースを押している大気圧以上にはジュースを吸い上げることができないのです。
地上では1気圧=水頭10mとなっているので、ストローでは最高10mまでしか吸い上げることはできません。
※ここではジュースの密度は水と同じと考えています。
NPSHを理解する上でこの10mという数字をちゃんと押さえておきましょう!
NPSHの意味 ちゃんと和訳し、意味をつかむ!
NPSHの和訳、理解しにくいんです。ここでは細かく見ていきます。
NPSH = Net Positive Suction Head の頭文字で
- Net = 実質的な(正味の)
- Positive = 正(プラス)の
- Suction Head = 吸込側の水頭
です。一単語ずつ解説します。
Suction Head は吸込側の圧力と考えてよいです。Headは水頭の英訳で、水頭は圧力でしたね。
Positiveは「正の」と略していますが、ここでは絶対圧のことを指していると考えられます。
考えられます、というのはこのことについて触れられている文献が無いので断定ができない為です。必ず、正で表現する、という意味で捉えます。
マイナスにはならないという理解でつじつまが合いますのでこのように紹介させていただきました。
Netは「正味の」と訳されることが多いですが、「正味」は「実質的な」という意味で捉えると良いでしょう。
では「実質的な」ものとは何か?
通常、吸込側にかかる圧力は、地球上の開放タンクでは、タンクの液面からポンプまでの高さ分だけを考えるだけで良いです。下図参照してください。
しかし、ポンプを運転して液体を移送する場合、ポンプの吸込側の圧力に影響が出てくる場合があるのです。これらを計算し、「実質的な」吸込み圧力を検討しないとポンプが運転できるかどうか分かりません。
まとめますと、NPSHの翻訳は「ポンプ運転時の影響を足し引きした実質的なポンプ吸込み側のプラス水頭(絶対圧力)」となります。
翻訳した意味と正式な定義を比べる
それでは、翻訳した意味と、JISによる定義を比べて見ましょう。
JIS の定義は以下です。
NPSH
Net Positive Suction Headの略。
NPSH基準面に置いて液体がもつ全圧(絶対圧)がその液体のその温度における飽和蒸気圧(絶対圧)よりどれだけ高いかをヘッドで表したもの。キャビテーションに対する余裕度を表す。キャビテーションを検討する時に用い,次の式で定義する。
$$h_{sv}=\dfrac{P_{s}-P_{v}}{ρg}$$
ここに,
$h_{sv}$(m)
$P_{s}$:全圧(絶対圧)(Pa)
$P_{v}$:飽和蒸気圧(絶対圧)(Pa)
$ρ$:密度($kg/m^{3}$)
$g$:重力加速度($m/s^{2}$)
出典:JIS B 0131 : 2017
ヘッドは水頭のことです。
ここで、飽和蒸気圧という言葉が出てきました。飽和蒸気圧も実質的な圧力を求めるのに必要です。この後解説します。
また、キャビテーションという聞き慣れない言葉についても後で触れます。
JISでの定義はNPSHの直訳より一歩突っ込んだ意味をもつ、ということだけおさえて下さい。
次から実質的な圧力を計算するために必要な項目について見ていきます。
「正味」を計算するために必要なNPSHに影響を与える3つの項目
ここではNPSHに影響を与える3つの要因について解説していきます。
吸い込む流体の液面にかかる圧力
まずは、タンクに入った流体の液面にかかる圧力です。
通常では液体に大気圧がかかっているということはストローのところで説明しました。
この大気圧については変化する場合があります。例えとして、下図を見てください。
密閉されたタンクの中から空気を抜いていくとタンク内の液面にかかる大気圧は減少します。
これはタンク内の液体の気泡をなるべく取り除きたい場合によくとられる手法です。
こうなった場合はポンプの吸込側の圧力は低下します。
沸騰する温度に関係する飽和蒸気圧 キャビテーションについて
次にポンプで移送する液体の問題があります。
ポンプは吸込側で圧力を低下させて液体を移送するので、どうしても液体にかかる圧力が低下します。
この時、液体が沸騰してしまう場合があります。ポンプ業界ではよくキャビテーションと呼ばれています。
富士山で作るカップラーメンは美味しくないというエピソードを聞きますが、これは富士山での大気圧が地上に比べて低いので、その分お湯が低い温度で沸騰してしまってお湯が十分に加熱されないからです。
沸騰はしていますがお湯の温度は低いので、ぬるま湯につけて作っている状態になってしまいます。
液体が沸騰してまう圧力を飽和蒸気圧と言います。飽和蒸気圧は温度によって変わり、大気圧と同じになると液体は沸騰して気体になろうとします。
地球上の水は100℃の時の飽和蒸気圧が大気圧と一緒になるので沸騰します。山の上で空気が薄い=大気圧が低い場合には、100℃より低い温度で沸騰します。
ここで沸騰とキャビテーションの違いを確認しましょう。
- 圧力が同じで温度を上げて起こるブクブク → 沸騰
- 温度が同じで圧力を下げて起こるブクブク → キャビテーション
現象としては飽和蒸気圧と大気圧が一緒になる、という点で同じですね。
ポンプの吸込側に来た液体が直前で沸騰してしまう(キャビテーションが発生してしまう)と、ストローの原理がうまく働かずに液体を効率よく送ることができません。ですので、ポンプ吸込側の圧力を液体の飽和蒸気圧より高い圧力に保持してあげることが必要なのです。
細くて複雑なほど増える配管抵抗
最後はタンクからポンプまでの配管の問題です。
下の図を見てください。どちらのポンプの方が吸い出しやすいでしょうか?
左の方がスムーズに吸い込めそうですね。右側はなんだか吸い出すのに時間がかかりそうです。
詳しい説明は省きますが、右のような液体が通りにくい配管の場合、ポンプは余計に頑張って吸い込まなければなりませんので、吸込み側の圧力はより低くなります。
場合によっては配管を細く、複雑にし過ぎると、ストローの原理により液体を吸い出すこと自体ができません。テーマパークにありそうな曲げてカタチを作っているストローは、曲げ過ぎたり、長かったりすると抵抗が強くて吸い出せなくなりそうですよね。
この配管内の液体の通りにくさを配管抵抗と呼びます。
配管抵抗によって、どれくらい圧力が低くなるのかは計算である程度求めることは可能です。この低くなる度合いは圧力損失ともいい、圧力、又は水頭で表すことができます。
実際にこれらを足していきましょう! これがNPSH-avaです!
では、上記にあげた要素を考えてポンプ吸込側の圧力を計算して見ましょう。
ポンプ吸込側圧力=タンク液面の高さ分の圧力+液面にかかる圧力ー配管抵抗による圧力損失
- タンク液面の高さ分の圧力はポンプより上ならプラス、下ならマイナスです。
- 液面にかかる圧力は通常は大気圧ですね。これは0が真空なので、マイナスになることはありません。
- 配管抵抗は抵抗=吸込みにくくなるのでマイナスです。
さて、この計算式で計算したポンプ吸込側圧力と液体の飽和蒸気圧を比べ、飽和蒸気圧の方が大きくなってしまうと液体がキャビテーションを起こしてしまいます。
ですので、キャビテーションを起こさない状態になっているかどうかを判断するため、先ほど計算したポンプ吸込側圧力から液体の飽和蒸気圧を引きます。計算の結果、でてきた圧力がポンプが運転可能な圧力の余裕です。
ポンプが運転可能な圧力の余裕 = ポンプ吸込側圧力 ー 液体の蒸気圧
圧力を液体の密度と重力加速度で割ったものが水頭です。「ポンプが運転可能な圧力の余裕」を水頭に直したものがNPSH-aとなります。
NPSHの後につくaはavailableの略で「有効な」とか「利用可能な」という意味です。
NPSH-aを改めて説明してみると、液体にキャビテーションが発生することなく、ポンプが吸い込めるのにどれくらいの水頭(圧力)の余裕があるかを示した数値、となります。
先ほどと大体同じことを述べましたが、分かりやすくなっていたら幸いです。
ポンプはストローの要領で真空状態を作り、そこに向かって圧力で液体を押してもらわないと液体を送ることができません。押してもらえる圧力のことをNPSH-aは表しています。それを利用して液体を移送するので「利用可能な」という表現になります。
この数値がマイナスになっている場合、ポンプ吸込側でキャビテーションが発生しているか、吸い上げきれないくらい抵抗が強いか、液面の高さが低いことが考えられますので、ポンプは運転できません。
一般的なNPSH-aを求める式を貼っておきます。いままでの説明を思い出しながら確認してみてください。
$$NPSHa= \dfrac{(P_{A}-P_{V})\times 10^{6}}{ρg}±Hs-Hfs$$
$P_{A}$:給液タンク液面にかかる絶対圧力[MPa]
大気解放の場合は大気圧(通常1気圧)=0.1013MPa
$P_{V}$:ポンプ入口の温度における液体の蒸気圧[MPa]
3.17kPa⇨3.17×10-3MPa (25 ℃の水)
$Hs$:給液タンク液面から吸込口中心までの高さ[m]
(押込み条件の場合は+、吸上げ条件の場合は−)
$Hfs$:吸込配管損失[m]
$ρ$:液体の密度($kg/m^{3}$)
比重 1.0 ⇨ 1000 kg/m3
$g$:重力加速度[$9.8 m/s^{2}$]
イワキさんウェブサイトより引用
長くなってしまったので、ここいらで一つまとめます。
まとめ
ポンプはストロー
NPSHは吸えるかどうか
NPSH-aは計算方法
次回はもう一つのNPSHであるNPSH-rについて、一般的な趣向とは変えて解説してみます。
⇨できました!
また、NPSHの数字が大きい方がいいのか、小さい方がいいのか?イメージができるように解説しようと思っています。
余談
実はNPSHと同意のNPIPというものがあります。Net Positive Inlet Pressureの略語です。
- Net = 実質的な(正味の)
- Positive = 正(プラス)の
- Inlet Pressure = 吸込側の圧力
取り扱う液体が水の場合はNPSHが使いやすいとおもいますが、容積式ポンプなどではNPIPで考えるとより間違えにくくなります。液体の密度が変わってくるので、液面の高さ=水頭ではなくなってしまうときに便利かと思います。
この表現を使っている日本のウェブサイトはあまりないと思います。
設計者の皆様、教わらなかったことは常識だそうです。
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